福岡地方裁判所 昭和24年(行)67号 判決
原告 柴田等
被告 福岡県知事
一、主 文
被告が原告に対し昭和二十三年十月十五日附爲した第一種事業税金二千八百十二円の賦課処分を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告代理人は主文同旨の判決を求め、その請求の原因として被告は原告の昭和二十二年における仕事を、地方税法第六十三條第二項第八号にいわゆる請負業に該当すると認め、昭和二十三年十月十五日附第一種事業税金二千八百十二円を賦課し、同月十七日その旨の令書を原告に交付した。
然し右課税処分は後記の理由により違法たるを免れないものである故、原告から被告に対し、同年十一月十七日異議申立をしたところ、被告は昭和二十四年一月十三日これを棄却する旨の決定をした。
然しながら第一種事業税の課税物件は地方税法第六十三條第二項各号に規定する事業所得であつてこれ等の事業外の所得については第一種事業税を賦課し得ないものであるところ、原告は一日金何円の計算で賃金の支拂を受けて働くところの日傭大工であつて同年中請負業その他第一種事業税の対象となるような如何なる事業おも営んだことはないから、從つて原告を事業税の納税義務者と認め、これに第一種事業税を賦課した本件課税処分は明に違法たるを免れない。
すなわち原告の昭和二十二年中における仕事は、久留米市小森野町半田友次郎に雇われ、その仕事場において同人の指図を受け、日当金八十円を貰つて仕事をした外、一月から二月にかけ雨天を除く約二十日間三井郡山本村牟田重則方に日当金八十円で雇われて住宅の普請をしたのがその主なもので、その外は同村柳坂方面で此処に二、三日彼処に二、三日というように賃大工として炊事場の修繕、椽の取付け等の簡單な大工仕事に從事し、同年中一回も請負仕事をしたことはないのである。
然るに被告は原告に対し前記の如く第一種事業税を賦課し、原告の異議申立おも棄却したので茲に原告は被告に対し本件課税処分の取消を求める爲本訴請求に及んだと陳述し、被告の答弁に対し原告が十数年以上大工を業としている者であること及び原告がその賃金から所得税の源泉徴收を受けた事実のなかつたことは認めるが、その他の原告の主張に反する部分はこれを否認すると述べた。(立証省略)
被告代理人は原告の請求を棄却する、訴訟費用は原告の負担とするとの判決を求め、答弁として原告の本訴請求原因事実中、原告の昭和二十二年中における仕事の内容及び原告が同年中請負業を営んだことがないという点はこれを否認し、その余の事実はこれを爭わない。
而して被告が原告を第一種事業税の納税義務者と認めたのは次の理由に基くものである。すなわち地方税法第六十三條第二項第八号にいわゆる請負業というのは或る仕事の完成を約し相手方がその仕事の結果に対して報酬を與える関係にある業種であつて土木建築請負業、人夫供給請負業は因より洗濯業、染物業、大工左官、庭師、木挽等の如きものおも包含すると解すべきところ、原告は十数年以上も独立して大工を業としている職人であり、昭和二十二年中においても三井郡山本村柳坂の牟田重則及び池田巖等の注文を受け、家屋の新築又は移築工事を引受けてこれを完成しているのであるから、当然第一種事業税の納税義務者に該当するものというべく、仮に原告がその主張する如く一日金何円の計算で報酬を受けたとしても、これは單に請負代金支拂の一方法に過ぎないものと認むべきである。又原告が單なる賃金労働者でなかつたことは原告がその受取つた報酬から所得税の源泉徴收を受けた事実のなかつたことからも窺える。
以上の次第であるから、原告の本訴請求は理由なきものとして棄却され度いと陳述した。(立証省略)
三、理 由
本件の爭点は要するに、原告の昭和二十二年中における仕事が地方税法第六十三條第二項第八号に、いわゆる請負業に該当するか否かということである。此の点に関し原告は自分は一日金何円の計算で賃金を貰つて働くところの日傭大工である旨主張し、被告は原告の大工という業種自体から当然一つの請負業に該当する旨抗爭しているが、その何れの主張も後記の理由により必ずしも妥当とはいい難いであろう。何故ならばおよそ大工左官等の職人が他人の依頼を受けて或る仕事に從事する場合、それが独立の事業であるか否かは必ずしもその仕事に対する報酬の決め方だけでは決定し難いものがあり、又大工であつても他に雇われこれに隷属して仕事に從事することを常態とする者は明に賃金労働者と認むべきだからである。
すなわち或る大工が一日金何円の計算で報酬を受けている場合でも、常に必ずしもそれが雇傭契約上の義務履行としてなされている場合だけとは限らず、その大工は小規模ながら一つの事業者であり、一日金何円の計算は單に請負代金支拂の一方法に過ぎないと認められる場合もあり得れば、或は又一定量の仕事完成に対し一定の報酬が支拂われる場合でもその大工に独立性がなく、それは結局出來高拂の賃金と考えられる場合もあるからである。
それで大工左官等の職人の仕事が独立の事業であるか否か從つてその職人が賃金労働者であるか事業者であるかは、單に仕事に対する報酬の決め方だけでなしに廣く仕事に対する計画及び遂行についての独立性の有無程度、仕事の上で経済的な危險負担をするか否か、仕事の結果について、その仕事の提供者に対し、法律上の責任を負担するか否か等、諸般の事情を考察して決せらるべきことである。
それでは前述したように、大工左官等の職人で他に雇傭されこれに隸属して仕事をすることを常態とする者を除き、独立して大工左官等の仕事に從事する職人の仕事は一般的にいつて、賃金労働と認むべきか、それとも小規模ながら一つの事業と認めるのが合理的かというに近代産業の発達につれ、多くの大工が次第に独立性を失なつて、大規模な請負業者に雇われ、これに隷属して働く單なる賃金労働者に轉化しつゝあるといいながら、然もなお現在までのところでは前述の如き大企業化と賃金労働者えの轉化は、大工が依然として自分で生産用具たる大工道具を所有していること、大工仕事の実際が必ずしも大企業化を必要としないこと、大工の仕事が特別の技術を要すること等の故に著しく阻まれており、他の部門にみられるような鮮かな分化を示していない。そして或る者は独立の事業者として小規模な請負工事を爲し、或る者は大工事の下請負又は手間請負の方法で仕事に從事し、或る者は今日請負工事を爲し、明日は他に雇われて時間決め又は日決めの賃金労働に從事する等その業態は千差万別ということができる。
然しながら前敍の如く現在のところでは、大工が依然として自分で生産用具たる大工道具を所有し、特別の技術を身につけ、大工仕事の実際が大工事は別として必ずしも大企業化されなくとも個人の大工で完成し得るのが普通である等の事情から独立の大工は何時でも請負業を営む能力と可能性があり、又証人水城義憲、青木力の証言によつて知り得る如く、これ等の大工仕事の大部分が少なくとも、手間請負の方法で爲されていること及び大工仕事が特別の技術を要すること等の諸事情を綜合して考えるときは、独立して大工左官等の仕事に從事する職人は反証のない限り小規模とはいえ一つの事業者と推定するのが合理的である。
斯様な訳で租税の賦課処分の取消変更を求める訴訟においては、一般的に賦課処分をした者にその処分の適法なることの立証責任があると解すべきであるが、大工左官等の職人が独立して仕事をしている者である限り、前敍の如き推定を受け、却つてこれを爭う者において、自分が賃金労働者に過ぎないことの反証を挙ぐべきものと解するのが相当であり、本件においても右と同趣旨に解すべきである。
それでは本件においてこのような反証が在るか否かについて考えるに、原告が十数年以上大工を職とする者であることは、当事者間に爭がないけれども、証人半田友次郎、牟田重則、池田巖、池田寛藏の各証言、原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を綜合して考えるときは、昭和二十二年中原告は一月から二月にかけ雨天を除いた約二十日位、三井郡山本村の牟田重則方の住宅十一坪位を日当金七十五円を貰つて完成し、十二月から昭和二十三年一月にかけ約三十日位同村の池田巖方の約十九坪の住家を日当金八十円を貰つて建築した事実を認めることができる。
而して一軒の住宅を建築するという大工の仕事はそれ自体から一つの請負工事ではないかを疑わしめるものがあり、此の点につき被告も右住宅の建築は請負工事である旨主張するのであるけれども前顕各証拠によれば、原告は右仕事についての計画及びその遂行について独立性がなく、然もこれ等の仕事は原告の経済上の危險負担において爲されたものではないこと等の事実を認めるに充分であり、又前顕各証拠によれば原告は前記建築工事の外は三井郡山本村柳坂方面で此処に数日、彼処に二、三日という具合に炊事場の修理、その他簡單な賃仕事に從事したことを認め得るので、これ等の諸事情から考えるときは、原告が業として請負を爲す者であつたとは到底認め難いといわざるを得ない。
又被告は原告が所得税の源泉徴收を受けたことがないことを理由に、原告を第一種事業税の納税義務者と認むべき旨主張するが、大工左官等の職人が眞実賃仕事に從事した場合でも、実際上所得税の源泉徴收を受けるというようなことが行われていない事情に鑑み、これのみを以て前記認定を覆し、原告を請負業者であるとはいい難く、その他被告の提出援用に係るすべての証拠によるもこれを認めしめるに足る証拠はない。
それで被告が原告を昭和二十三年度における第一種事業税の納税義務者と認めこれに第一種事業税を賦課したのは結局違法として取消を免れないというべきである。
以上の理由により本訴請求を認容し訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九條を適用し主文の通り判決する。
(裁判官 丹生義孝 入江啓七郎 真庭春夫)